日本でのホワイトニング歴史


こんにちは、ホワイトニングサロンボーテ心斎橋DCの院長の中井です。

今年で、62歳になります。
ホワイトニングに関しては1996年頃から本格的に勉強しました。
当時はまだ、『芸能人は、「歯」が命』という広告が流行っていたことを鮮明に記憶しています。

ホワイトニングの黎明期から現在まで

その当時既にホワイトニングを治療として初めていた私は、「もっと綺麗になる!」と、家内やスタッフに講釈をしていた記憶が蘇ります。

上記のように雑誌、新聞にもホワイトニングが結構取り上げられていました。
如何せん、米国では既にブームになっている最先端の審美治療でしたが、まだまだ我が国には情報がありませんでした。

その後、鈴木園子美容科の肌の美白ブームと同様に「歯のホワイトニング」も取り上げられ空前のブームを迎えると考えられていました。

ただ、オハグロ文化の日本では中々全ての人に受け入れられませんでした。

そうこうしている間に日本でも、オフィースホワイトニングの商品が認可になり、さらに数年遅れてホームホワイトニングの商品が認可になりました。

しかし既に米国では次世代のホワイトニングが次々と登場しており、日本での認可商品は米国では既に過去のものとなっておりました。

インターネットなどの普及により情報もより早く我々にも入り、私も色々なものを購入して試していたものでした。

2000年頃には東京では色々なホワイトニングサロン(歯科医院形態で)登場しました。

ただし、米国では歯科医院専売の商品とオーバーザカウンタープロダクト(OTC)もドラッグストアなど販売され簡単に手に入るのでした。
悲しいかな我が国は歯科専売というルールで現在でも変わっていません。

また、色々な雑誌にもホワイトニングが取り上げられ、情報も拡散しました。
しかしながら、非常に高額な費用で簡単にホワイトニングをするというような時代ではなかったような気がします。

今では、手軽に本当のプロの施術を安価で受けられるようになったと思います。

中味までは最近では色々な商品が出てくるのでわかりませんが、あくまでも歯科医院専売として販売されるものに関しては、私たちは調べています。

ホワイトニングサロンボーテが皆様に選ばれるホワイトニングサロンであるように私もスタッフ一同日々勉強していきます。

以上が簡単ではありますが日本でのホワイトニング創世記の話でした。

Dr.中井


大阪心斎橋ホワイトニングサロンbeaute
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